最終更新日:2023.05.31
【被害者向け】刑事責任能力とは?責任能力がなく無罪の場合どうしたらいい?
刑事事件の報道をみていると、刑事責任能力が争われているという話を目にすることがあると思います。なんとなく、刑事責任能力がないと罰せられなくなる、ということはわかると思いますが、具体的にどのような場合に刑事責任能力がないといえ、また刑事責任能力がない場合どのような効果があるのでしょうか。
この記事では、刑事責任能力の意味とその効果や具体的な判断方法や、責任追及について解説していきます。刑事告訴をしたいけれど、相手方が刑事責任能力を争うかもしれないと不安な方などのご参考になれば幸いです。
目次
刑事責任能力とは
刑事責任能力の意味
刑事責任能力とは、刑事事件において被告人が、自己の行為に対して責任を負うことができる能力のことで、より法的にいうと事物の是非・善悪を弁別し、かつ、それに従って行動できる能力を指します。刑事責任能力がない場合、たとえ客観的には犯罪となる行為を行ったとしても、無罪となり処罰されません。
なぜなら、刑事責任を追及するということは、その行為を行った人の判断や行動を非難するということを意味しますが、物事の善悪が理解できない人や、それが理解できてもその判断に従って行動を制御することができない人に対しては、結果的に犯罪となる行為を行ったとしても、その判断や行動を非難しても無意味だからです。
心神喪失と心神耗弱
責任能力が十分でないとされる場合として、心神喪失と心神耗弱というものがあります。
心神喪失とは、精神の障害によって事物の是非・善悪を弁別する能力(事理弁識能力)とそれに従って行動できる能力(行動制御能力)を欠く状態をいいます。
心神耗弱とは、精神の障害によって事理弁識能力及び行動制御能力が著しく低い状態をいいます。いずれも精神障害や知的障害、アルコールや薬物による場合が例として考えられます。
心神喪失の場合は責任無能力ともいわれ責任能力がないとされますが、心神耗弱の場合には限定責任能力とされ、責任能力は十分でないものの責任能力がないとはされません。
刑事未成年
また、責任能力がない場合として、刑事未成年というものもあります。
刑法第41条は、「十四歳に満たない者の行為は、罰しない。」と定めていて、14歳未満のものによる行為は、たとえ犯罪に該当するものであっても罰せられることはありません。14歳未満の者は、事理弁識能力や行動制御能力が十分でなく、刑事責任を負うだけの能力が一律にないものとして扱われているのです。
その場合の14歳未満の者を「触法少年」といい、逮捕や起訴をされることはありませんが、児童福祉法に基づき、児童相談所への通告が行われ、児童養護施設や児童自立支援施設へ入所することがあります。
責任能力が無い場合の効果(=無罪)
以上のとおり、心神喪失や刑事未成年の場合には責任能力がないとされます。
この場合、客観的に犯罪に該当する行為を行ったとしても、犯罪は成立せず、無罪とされます(刑法第39条第1項、第41条。刑事未成年の場合はそもそも起訴されません)。
他方で、心神耗弱の場合は、責任能力が十分ではないものの、責任能力がないとはされません。そのため、犯罪は成立し無罪とはなりませんが、刑が減軽されます(刑法第39条第2項)。
責任能力の判断方法
以上では、責任能力がないとされる類型とその効果をみてきました。それでは、実際には責任能力の有無はどのように判断されるのでしょうか?
生物学的要素と心理学的要素(混合的方法)
すでにみたとおり、心神喪失とは、精神の障害によって事理弁識能力と行動制御能力を欠く状態をいいます。
このうち、精神の障害の有無に関するものが生物学的要素、事理弁識能力および行動制御能力の有無に関するものが心理学的要素に位置づけられています。
責任能力の判断は、この生物学的要素と心理学的要素の双方を検討して判断されます。この考え方を混合的方法といいます。
生物学的要素の有無:医学的判断
生物学的要素は、精神の障害の有無を判断するものです。精神の障害は、たとえば統合失調症や知的障害などがあり、医学的な判断によることになります。
発達障害や躁うつ病等も精神の障害となりえますが、次の心理学的要素(事理弁識能力・行動制御能力)の観点で、心神喪失とならない場合が多いでしょう。
心理学的要素の有無:心理学的判断
心理学要素は、精神の障害があることを前提に、それが事理弁識能力及び行動制御能力を欠くに至ったか否かを心理学的に判断するものです。
責任能力は誰が判断するか
それでは、責任能力の判断は誰が行うのでしょうか?上記のように、責任能力は医学的要素・心理学的要素に基づくため、医師によって判断されるとも思えます。しかし、判例は、以下のように判示し責任能力の有無は裁判所が判断するものとしました。
「被告人の精神状態が刑法39条にいう心神喪失又は心神耗弱に該当するかどうかは法律判断であるから専ら裁判所の判断に委ねられている」(最決昭58・9・13裁判集刑232号95頁) |
もちろん、裁判所は医学の専門家ではないため、基本的には医師による精神鑑定は必ず行われますし、その鑑定結果は尊重されます。しかし、その鑑定結果の信用性や心理学的要素とされる事理弁識能力・行動制御能力に対する影響については、最終的には裁判所が判断するのです。
実際に、鑑定医が心神喪失と判断したが、被告人を有罪とした例があります(最判平20・4・25刑集62巻5号1559頁)。なお、起訴前の段階では、裁判所ではなく検察が責任能力を判断します。
責任能力がなく無罪となった場合の被害者ができる対応
14歳未満(刑事未成年)の場合
すでにみたとおり、14歳未満の刑事未成年の場合、刑事責任を追及することはできません。また、民事上も、14歳未満の場合、民事上の責任能力もないとして、不法行為責任を追及することができない可能性が高いです(民法第712条)。
このような場合、当該14歳未満の者の親権者等の監督者に対して請求をすることができる場合があります(民法第714条)。その場合も、監督者が監督責任を尽くしていたとされた場合には請求ができないのでよく検討が必要です。
心神喪失、心神耗弱の場合
心神喪失の場合、刑事未成年と同様、刑事責任を追及することはできません。
心神喪失である以上、本人への民事責任も原則としてできません(民法第713条)。ただし、故意または過失により一時的に心神喪失の状態を招いたと言える場合は、民事責任を追及することができる場合もあります(同条但書)。たとえば、わざとアルコールや薬物を摂取して心神喪失の状態となったうえで不法行為を行った場合が考えられます(このような場合は、刑事上の責任を追及できる場合もありますが、複雑な議論となるため本記事では割愛します(原因において自由な行為))。
そのため、基本的には、心神喪失者についても、監督者に対する民事責任を追及することになるでしょう(民法第714条)。
他方で、心神耗弱の場合は、責任能力がないとはされず、刑事責任は追及することができます(ただし、その刑は減軽されます)。
民事上も、心神耗弱の場合は、「自己の行為の責任を弁識する能力を欠く状態にある」とは言えない場合もあるため、本人に対して民事上の請求をすることができる場合もあるでしょう。もし民事上も責任能力が認められなかった場合には、心神喪失と同様にその監督者に対して責任追及をすることになります。
ただし、刑事上の責任能力と民事上の責任能力とは判断が異なる可能性があるため、注意が必要です。
まとめ
本記事では、刑事責任能力の意味とその効果や具体的な判断方法や、責任追及についても確認をしてきました。
被害者の方からすれば、責任能力がないことによって責任追及の道が断たれるということは感情的に受け入れがたい側面もあると思われます。
責任追及ができないとしてもなぜそれができないのか、刑事責任以外に責任を追及する方法はないのかという点を理解しておくとより有意義な対応ができるかもしれません。
本記事が、刑事告訴をしたいけれど相手方が刑事責任能力を争うかもしれないと不安な方などのご参考になれば幸いです。